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[就職や転職のために] 野毛山動物園園長・大坂豊さん定年へ、子供の頃から何度も通いました


神奈川県
野毛山動物園:名物園長・大坂豊さん定年へ 動物園に本籍地を移し /神奈川
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070319-00000089-mailo-l14

 子供の頃は家族で、遠足で、大人になったらデートで、そして今は自分の子供を連れて、今まで何度も通いました。無料であんなすばらしい動物達を見れて、大人も子供もいつも大喜びでした。そして、これからも通わせてもらいます。さらに人生のいろんな場面で思い出を作らせてもらいに。園長さん、本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。

 ◇「毎日が喜びと悲しみの連続だった」
 本籍地は野毛山動物園――。そんなユニークな横顔を持つ横浜市立野毛山動物園の名物園長、大坂豊さん(60)が今月末で定年を迎える。37年にわたり動物園一筋で歩み、24年間勤めた野毛山はとりわけ愛着深い。「長いようで短く、毎日が喜びと悲しみの連続だった。どんどん子供たちに動物を見せて、園を教育に活用して」と訴える。【伊藤直孝、写真も】
 ◇「園は教育と研究の場」持論訴え37年
 「オー、オー!」。チンパンジーのピーコ(雌40歳)が金網によじ登りほえると、大坂さんは「よっ」と手を挙げ応えた。「チンパンジーは賢いから分かるんだ。ここで先輩は彼女だけになっちゃったな」。津軽なまりの強い声で寂しそうにつぶやいた。
 青森市出身の大坂さんは岩手大農学部獣医学科卒業後、69年に野毛山動物園に採用された。自身と妻、2人の子供は、敷地内の獣医官舎から転居した今でも、動物園の「横浜市西区老松町63番地」を本籍地にしている。
 就職当時は手術室もなく、飼育員の詰め所はプレハブ小屋だった。「上野、多摩に戦争を仕掛けるつもりで頑張れ」。上司は動物園界の2強を挙げて励ました。小屋で飼育員たちと寝食をともにし、休日は上野、多摩に通って技術を学んだ。馬小屋を改装した手術室で「見よう見まね」で手術をした。
 採用直後のこと。夜行性の猿「オオガラゴ」の具合がおかしい。「肝臓がやられてるんじゃないか」。薬を調合し半年間付き添って看病。回復後の70年、飼育員が国内初の繁殖に成功、「本当にうれしかった」。
 動物の思い出は限りない。「生き物は必ず死ぬ。人間も同じ。子供たちも動物を見れば自分も生き物だと再発見するはず」
 野毛山動物園は来春から指定管理者制度が導入され、運営を外部委託。変革期を迎えるが、「動物園は博物館。社会教育と調査研究の場」との持論を訴え続ける。「入園無料で多くの人を動物の世界に招待する野毛山の役割は重要。経営努力は必須だが、入園者数にとらわれ天気ばかり気にしてもいけない。若い人は頭を使って頑張れ」と後輩にエールを送る。
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